『アニメで知る中国』へようこそ!ミミム(北京MYC)です。
さて、何故カウンターかというとですね、いつも真っ暗な背景だと面白くないなということで、北京の良きお店にきてますよ。今回お邪魔しているのはGarlic & Wineのお店gabuさんです。創作にんにく料理が特徴で日本人オーナーが毎日違う料理をチョイスして出してくれるのですごく楽なんですよね。北京にきたら、是非立ち寄って下さいね。
gabu
住所: 北京市朝陽区小亮馬橋西路6号院華遠九都匯7号楼地下1階
電話:135-8180-1478
営業時間:17時半~翌0時(月曜休み)
本題
さて皆さんアズールレーンや崩壊シリーズ、或いはドールズフロントラインを遊んだことはありますか?2017年9月に日本でリリースされ爆発的な人気を博したアズールレーン。なぜこんなアニメリテラシーが高いゲームが中国から登場したのでしょうか?ミミムがお送りする第19回アニメで知る中国、本日のテーマは「中国製日系アニメキャラゲームの歴史」【前編】です。
目次
第19回『アニメで知る中国』中国製日系アニメキャラゲームの歴史【前編】
前編では2014年までの話を、次回の後編では2015年以降の話をと、2つの動画に分けていきたいと思います。そして、今回の前編では、アニメリテラシーの獲得そして中国ゲーム会社の状況についての2点に絞って解説したいと思います。
アニメリテラシーの獲得
現在の日系アニメキャラゲームを作る人はどこから来たのか?そして消費者市場がどうやって形成されたのかを紹介したいと思います。
中国ゲーム会社の状況について
なぜ中国ゲーム会社は日系アニメキャラゲームを作る選択をしたのかについて解説します。
中国の80年代生まれ、2019年現在、30~40歳の人は、いまゲーム会社で企画を立てれる立場になっています。彼らが作ったゲームが「崩壊学園」であり「アズールレーン」です。同時に彼らと同年代が市場を形成しています。彼らはどうやってアニメリテラシーを得たのでしょうか。
90年代後半から2000年にかけて、彼らは高校、大学に在籍していました。当時中国は娯楽が非常に少ない時代でした。なので、勉強以外に楽しめるものと言ったら、正規版と海賊版のマンガ、アニメDVD、そしてアニメ情報誌でした。
日本のアニメ情報誌を中国語に翻訳したり、編集者が自分の好きなアニメやゲームを紹介していた当時の中国アニメ情報誌は影響力が強く、エヴァンゲリオン、銀河英雄伝説、ファイブスター物語等、日本でもコアなアニメに分類されるこれらの作品を知る中国人オタクが多いのは、一重にアニメ情報誌で紹介されていたからです。
そして海賊版アニメDVD、VCDも娯楽の一種として認識されていたのも重要なポイントですね。一部の大学のサークルでは内部でアニメサーバーを作り上げ、サークル内で90年代から2010年代までのアニメを内覧したり、2005年にネットテレビサイトが立ち上がってからはそこで動画が違法ながらもシェアされていました。
80年代生まれのオタク予備軍が2000~2010年代に享受した作品が初音ミク、東方Project、そして、涼宮ハルヒの憂鬱、中二病でも恋がしたい、けいおん!、らき☆すた等です。そうです、京都718事件で、なぜあれだけのエールが中国から届いたのかは、ここにつながっているのです。
そんな感じで、日本のアニメを消費し、アニメに対するリテラシーを獲得した80年代生まれが沢山生まれました。
そして次に後輩にあたる90年代生まれについても、紹介しましょう。90年代生まれは2000年の中国ネット元年以降、ビリビリや愛奇芸、Youku、あるいはSNSの微博などのネットインフラが完成したころに大学に入ります。高校時代勉強で忙しくて見れなかったアニメが学内にある漫研サーバーで見放題でした。
2011年には愛奇芸でFate Zeroが初めて正規版として同時配信されます。それに続き2012年にはソードアートオンライン、2013年にはとある科学の電磁砲とデート・ア・ライブが放送されます。
また、日本のコンテンツを主に扱ったイベントである上海Comicupや中国最大のアニメイベント、広州ファイヤーフライが長年の努力の末ブランド化し、多くの90年代はイベントへ足を運びました。
当時まだ規制されていなかったニコニコ動画への投稿や視聴、規制されてからは土豆などの動画共有サイトへの踊ってみた、歌ってみたの投稿なども90年代がけん引していました。
まさに80年代生まれの先輩が引いた「オタクエリートコース」を大学で歩き、さらに環境も整ってきたことによって作品を享受することで、アニメに対するリテラシーを得ることができたのです。
これにより、日本のアニメリテラシーを得た80年代生まれ、その環境を引き継ぎ享受し、ネットインフラが整ったことにより、より深く日本のアニメに対するリテラシーを得た90年代が登場するわけです。
日本オタクコンテンツに対するリテラシーがある市場が80年代生まれを中心に少しずつ形成され、90年代生まれに引き継がれていった経緯をご理解いただけたかと思います。
彼らは2010年代、大人になってゲームを作る、そして消費する、に行動が移っていきます。
ゲーム会社の選択
80年代生まれは社会に出て、大学時代仲間との楽しい思い出、アニメを見たり、ゲームをしたりする習慣を残し、上の世代とは違って、社会人になっても日本のアニメゲームから離れませんでした。そしてそのうちの一部は自分が好きだったゲームの会社に勤めるようになります。
彼らは思います。
いつか学生時代に見ていたワンピースやブリーチのゲームを作りたいと。ですが2010年頃、彼らが入ったPCゲーム会社は当時大儲けで新しいことに挑戦する必要がありませんでした。現在でも中国ゲームの3/4を占める、三国志、西遊記をモチーフにしたゲームや武侠モノという中国独特のジャンルのゲームをリリースしていたのです。
ゲーム会社は利益を出しつつづけますが、少し経った2012年頃から携帯の普及と機能向上によりアプリゲームがPCゲーム市場を圧迫し始めます。PCゲーム会社は困りました。何とかしないと会社がつぶれてしまう。そこで、先ほどのアニメリテラシーに関する部分で紹介しましたが、ソードアートオンライン、デート・ア・ライブ、Fateの再生回数が1億を超えたり、イベントに数万人集まったりする事象にゲーム会社は目を付けました。
次に来るのは日系アニメゲームではないかと。
2014年、台湾で作られたあるゲームが中国のパブリッシャーへ持ち込まれます。
売り込み文句は「アジア初の日本アニメ系ゲーム」。それが幻想神域-Innocent World-です。このゲームの配信権を手に入れた暢游はどうやったらもっとアニメが好きな層に受けるか考えます。そこで考え出したのが「アニメ的」にパッケージングすることでした。
- 日本人声優でアフレコ
- 主題歌
- 日本のアニメ作品とのコラボ
幻想神域は中国でリリースされたPCMMORPGで初めて「日本人声優でアフレコ」され、初めて日本人が作曲し、日本人が歌うOP主題歌が付き、さらに国内PCクライアントゲームとして初めて角川作品「デート・ア・ライブ」とジャンプの「フェアリーテイル」とゲーム内コラボを果たしました。
ゲームは大ヒットしました。
具体的な数字が好評出来ないのが残念ですが、PCクライアントゲーム凋落期において、最盛期と同等の収益をえたとは聞いています。PCゲーム「幻想神域」は中国のゲーム会社に声優、アニメ作品とのコラボ、日本人作成の主題歌、歌唱曲がアニメファンへのプロモーションの切り口として非常に有効であることを広く認知させたのです。日本アニメ系キャラゲームが中国ゲーム会社の選択肢の一つとなったのです。
以上の内容を元に、2014年までの流れをまとめると以下の様になります。
- 80年代、90年代生まれでアニメリテラシーを学生時代に獲得した人たちがゲーム開発者になり、そして小さいながらも爆発力のある市場を作り上げた。
- ゲーム会社はPCからアプリゲームへの転換機に新しいゲームの作り方、宣伝の仕方を模索する必要があった。
- 上記2点の背景があって、中国製日本アニメキャラゲームの下地が出来上がった。
- アニメ熱がインターネットテレビ会社の視聴回数データなどから実感できるようになって、日本アニメ風ゲームの導入や開発に乗り気になるようになった。
- 「幻想神域」がリリースされた
ここまでの説明でなぜ日本アニメ風キャラクターゲームを好んで作ったり、遊んだりする人が中国に登場したのか理解してもらえたでしょうか?
その後、日系アニメキャラゲームはそこそこの売り上げをたたき出しますが、依然、三国志系、西遊記系や、韓国ゲームを凌駕するには至っていません。しかし2015年、ゲーム業界がこぞって、二次元ゲーム、所謂「日系アニメゲーム」への投資を行います。
…一体何が起きたんでしょうか?
中国のゲーム業界、まだまだ語りつくせません。
編集後記
アニメで知る中国では、皆さんの中国のゲーム、アニメに対する質問を随時受け付けてます。ぜひコメント沢山のこしてくださいね。あとチャンネル登録もしてもらえるととてもうれしいです。
さて、本日はここまでになります。
アニメで知る中国第19回「中国製日系アニメキャラゲームの歴史【前編】」
お相手はミミムでした。
後編へ続く!
北京動卡動優文化傳媒有限公司有限会社(北京MYC)とは
2010年に設立されたアニメ・ゲーム専門の広告代理店の北京動卡動優文化傳媒有限公司有限会社(北京MYC)。中国のアニメ市場の消費力データを有し、アニメ・コミック・ゲーム(ACG)の分野で、中国市場を狙う企画から販売促進まで一連のサービスをワンストップで提供。2016年に日本支社(株)MYC Japanも設立。